【寄稿】メイドに会いたくなる理由
『行ってらっしゃいませ、お嬢様』
店の扉を開けて外に出ると、そう言ってモノトーンなロングメイド服の裾をちょんと摘んでお辞儀をしてくれる。
「また来るねー」と軽い口調で返事をして、相手が頭を上げたのを確認してから手をふりふり歩き出す。
発達障害メイドカフェ スターブロッサムに通いだして丸2年が経つが、毎回のように別れの言葉がこれで合っているのだろうか、と帰り道で少し悩む。こんな所でも発達特性であるこだわりの強さが顔を出そうとしてくるが、まあいいか、と帰路に着くのがお決まりだ。
スターブロッサムに行くと『お帰りなさいませ、お嬢様』と笑顔で迎え入れてくれて、不思議と「ただいま」と言ってカウンター席に座る。
つまりは、いつでも帰ってこられる居場所なのだ。誰かと話がしたくなった時、あの子に話を聞いて欲しい時、1人ぼっちで居たくない時、どんな時でも『お帰りなさいませ』と言ってくれる。
それは私だけに向けられている訳ではなく、訪れた客人は皆平等に『お帰りなさいませ』と迎え入れられる。
そして、ご主人様、お嬢様の帰宅が被るとメイドたちは決まってあたふたしだす。
初めて帰宅されたご主人様には説明しなくちゃだし、よく帰ってこられるお嬢様にはいつものドリンクをお出ししたらいいのか確認も必要だし、久しぶりの主には顔を見なかった間をどう過ごされていたかを聞きたいし、やらなきゃいけない作業とやりたい事が一気に押し寄せてくるからだ。
次に何をするべきなのか分からなくなって一時停止するメイドや慣れた手つきでドリンクを作るが無言になるメイド、元気よく頼んだドリンクを復唱してくれるが忘れるメイド、そんな彼女たちを主たちは温かい目で見守る。
「私はコーラを頼んだけど、後で大丈夫ですよ」
『さっきあの席の人がビールを頼んでたよ』
「差し入れ持ってきたけど、後で渡した方がいい?」
そうやって、彼女たちを通して他人を思いやる事が自然とできる様になる。
メイドたちの姿はいつぞやの私だし、誰かのいつもの姿なのだ。
外では発達障害者である故に爪弾きモノにされる事や毛嫌いされる事もある。空気が読めないだの他人の気持ちが分からないだのあるが、私たちは血の通わぬ人造人間ではないのだから、傷つくことも落ち込むことも沢山ある。しかし、ここに帰ってこれば皆が同じで仲間になる。
『行ってらっしゃいませ』の言葉に背中を押されて、いつでも『お帰りなさいませ』と受け入れてくれる場所があるから、今日も外の世界で生きて行くことが出来る。
帰れば温かい飲み物も、居心地のいい空間もメイドを通して繋がれる仲間もいつでもあるのだ。それが私のメイドに会いたくなる最大の理由である。